Jaco
Pastorius
ジャコ・パストリアス
プロフィール
本ページには広告を含みます。| 本名 | John Francis Anthony Pastorius III (ジョン・フランシス・アンソニー・パストリアス3世) |
|---|---|
| 生年月日 | 1951年12月1日 – 1987年9月21日 |
| 出身 | アメリカ・ペンシルベニア州ノリスタウン |
| 活動歴 | ソロ Jaco Pastorius(1976) Weather Report(1976〜81) Word of Mouth(1981〜) |
© Chris Hakkens / CC BY 2.0, Wikimedia Commons
1951年、アメリカ・ペンシルベニア州ノリスタウンに生まれる。ジャズ・ドラマーの父のもと、はじめはドラムを叩いていたが、手首を痛めたことからベースへ転向。やがてアコースティックのアップライトからエレクトリック・ベースへと向かっていく。
1962年製フェンダー・ジャズベースのフレットを自ら引き抜き、溝を埋めて船舶用の樹脂で塗り固めた“Bass of Doom”を手に、フレットレスベースに「人間の声」を与えた。1976年のソロ作でチャーリー・パーカーの「Donna Lee」をベース一本で弾き切り、同年ウェザー・リポートに加入。「Heavy Weather」収録の「Birdland」で、バンドを世界的な存在へと押し上げた。
ハーモニクスと歌うようなソロでベースを「主役の楽器」へと変え、ジョニ・ミッチェルやパット・メセニーら幅広い名手と共演。その影響は計り知れず、ダウンビート誌のジャズ殿堂入りも果たした。1987年、35歳の若さでこの世を去ったが、その革新は今なお色褪せない。
世界の声
彼がプレイヤーとして与えた衝撃は、いくら評価してもしすぎることはない。そして音楽における一つの“力”でもあった。初めて聴いたときのことは、今でも忘れられないよ。
— Pat Metheny
ジャコがエレクトリック・ベースを手にしたとき、四本弦の革命が始まったんだ。それ以前と以後では、ベースという楽器の意味がまるで変わってしまった。
— Herbie Hancock
ジャコは言ってたんだ。「フレットレスを弾くときは、フランク・シナトラが歌うときの“あの声”を出そうとしているんだ」ってね。彼の前にもフレットレス弾きはいたけど、“なるほどそういうことか”と皆を唸らせたのは彼だった。
— Marcus Miller
1970年まで、ベースは脇役の楽器にすぎなかった。それをジャコがジャズの主役に引き上げたんだ。メタリカのロバート・トゥルヒーヨでさえ、彼をベースのヒーローのひとりに挙げているくらいでね。
フレットレス・エレベに“人間の声”を与えた人。4弦の楽器を、歌うリード楽器に変えてしまった。ハーモニクスと歌うラインで、ベース界の半分を感化してしまったんだよ。
24歳のジャコは、ザヴィヌルに「おれは世界一のベーシストだ」と名乗って見せた。大胆きわまる宣言だけど、その後の5年で彼は見事にそれを音で証明してみせたんだ。すごくない?
動画
演奏動画
代表機材
- BASS 1962 Fender Jazz Bass(Bass of Doom) 自らフレットを引き抜き、溝を樹脂で埋めて仕立てた伝説のフレットレス。歌うようなトーンと唸るグロウルがジャコ・サウンドそのもの。後年、家族のもとへ奇跡的に戻った名器。
- BASS 1960 Fender Jazz Bass(Fretted) フレット付きのメイン・ジャズベース。サンバーストの個体で、フレットレスと使い分けて多彩な表現を支えた。
- BASS Fender Jaco Pastorius Jazz Bass(Signature) 没後にフェンダーがArtist Seriesとして復刻した本人シグネチャー。“Bass of Doom”を忠実に再現したフレットレスで、彼のトーンを今に伝える。
- AMP Acoustic 360 / 361 18インチ・スピーカーを積んだ名機。「Variamp」のEQで中域を押し出し、ジャコ特有のグロウルとピッチ・ベンド・ハーモニクスを支えた。ライブでは2台を併用。
- EFFECTOR MXR Digital Delay ラックマウントのデジタル・ディレイ。もう一台のAcousticリグへ信号を送り、空間を広げてサウンドに奥行きを与えた。
- STRINGS Rotosound ラウンドワウンド弦 ジャズベースに張ったラウンドワウンド弦が、あの金属的でよく伸びるグロウルの源。フレットレスとの組み合わせが唯一無二の音を生んだ。


